麺屋座風-the who noodle-

札幌市西区八軒に実在するラーメン屋店主のブログ。

『ラーメンと愛国』

"国民食"と言えば何か。

カレーライス・肉じゃが・ハンバーグ・麻婆豆腐・オムライスなど。そしてラーメン。

どれも戦後、家庭に普及したガスを利用する調理器具と世界のいろんなところから入ってきた食材を使って作れる簡単な料理である。

 

 

タイトルがうっさんくさくて手に取るのをためらったけど、ラーメンが好きな人間としてはなかなかおもしろいんです。

有名店が台頭してそこで修業した若者が師匠の味をアレンジして新店を出す「家元制」なんていう言及もあるけど、

僕的におもろかったのはそもそも日本にラーメンが普及するその端緒のところである。

 

1910年、東京に来々軒という中華料理屋ができてはじめて日本で庶民にラーメンが提供された。

しばらくはささやかな一地域での話だったのが、戦後チャルメラ屋台が流行して全国への普及が始まる。

また時は飛んで1970年、チキンラーメンの発売とともに家庭でもラーメンを楽しむ文化が生まれ、深く一般の下に馴染んだラーメンは札幌・博多・荻窪ラーメンをはじめとするご当地ごとの多様化を経て日本を代表する庶民派食文化に収まっていく。

ちなみに日本人ではじめてラーメンを食べたのは水戸光圀公…

 

そんなのが広く知られるラーメン普及の「神話」であり、また事実でもある。

けど一番大事な所が抜けている!そもそも日本人って小麦を食べることに慣れていたんだろうか?んなこたない。日本で穀物と言えば米である。それから粟に稗、地域によっては大豆にサツマイモである。めぼしい小麦食といえばうどんくらいの物。

この本にはそのへんの事情が推察されていたのだ。

 

僕の地元北海道の帯広にマルセ堂っていうタバコ屋があって、子供時代によくおつかいがてらそこのばあさんに昔話を聞いていた。

「戦争が終わったころっていうのは食べ物が無くてね、みーんな困ってた。とくに戦争から帰ってきた軍人さんはね、仕事が無くて大変だったのよ」

「うんうん」

「この店にも軍人さんが物乞いにやってきてね、食べ物くれー食べ物くれーって」

「そうなんだ」

「うちだって食べ物無くて大変だったけど、しかたないもんだからね、かわいそうでしょう。ラーメンあげたら喜んでねえ」

「!?」

 

食糧難の時代になぜかラーメンはあったというのだ。しかも戦後の昔から一般家庭にラーメンがあることが僕にはなんだか不思議だった。

 

著者曰く、それはGHQによる日本への小麦マーケットの開拓戦略および国力維持のための食糧支援によってもたらされた。

戦後さまざまなメディアを通してパン食が奨励された。

僕の好きなサザエさんの原作でもそのへんのエピソードが描かれている。豊かさの象徴として各種の家電が普及するが、その中になぜかそれまで馴染みの無かったトースターが含まれているのである。

新聞やラジオを通してパン食は普及して行ったそうだ。

これはやはりメディアに影響力を持ったアメリカ資本の意向によるものなのだ。

 

一方でラーメンの普及は上記のように自然発生的に語られる。しかしその背景にはパン食と同じようにアメリカの都合が絡んでいるのだ。